プレジデントオンライン

なぜ若い医師や学生に自分の手術を見学させるのか

2016年2月10日

PRESIDENT Online スペシャル 掲載

■日本の医療を担う人材の教育に力を入れる

2016年が始まって1カ月以上が経ちました。今年は、これまで以上に将来の日本の医療を担う人材の教育に力を入れたいと考えています。具体的には、他大学の研修医や医学生、医学部を目指す全国の高校生に私の手術を見学してもらい、できるだけロスのない手術によって命を守るということはどういうことなのか、体験する機会を通じて自分の思いを伝えていきたいと思います。

私が若い医師や学生に伝えたいのは、技術よりもスピリットです。日本の医療は税金と国民が支払う保険料で賄われています。限られた医療財源を効率的に使うには、適切な医療行為をすることが重要です。エネルギーロスが少ない状態で、患者の安全を守ることも必要になってきます。心臓外科医を志す医師に限らず、これからの医療界を担う医師たちには、医療は社会貢献を目的とした行為であり、公共性の高いものだと認識してほしいのです。

心臓手術に関しては、手術合併症で患者さんが寝たきりになって医療費をどんどん使っていくということは避けなければいけません。原子力発電の世界では、稼働もしていない施設に対して年間数100億円以上もの国家予算をつぎ込んでいますが、医療界でもそういった無駄な出費は抑える必要があります。「早い・安い・うまい」心臓外科手術で合併症を起こさず、患者さんの社会復帰を後押しする医療というのはどういうものなのか体感することは、若い医師や医学生、高校生にとってプラスになるはずです。

心臓外科医の中には、例えば、心臓の弁に不具合が起きる弁膜症の患者さんに対して、まだ薬による治療で大丈夫な段階なのに外科手術を勧める医師もいます。外科医にとっては症例数を増やしたほうがいいですし、心臓外科手術をたくさんすれば病院にとっても収益は上がります。患者さんも手術後に元気になれば、手術が成功してよかったと思うかもしれません。そのような場合、治療する医師側の理由は決まっていて、医学的な根拠に基づくものではありません。「患者さんが遠くから来て通院するのが大変だから」「高齢なので今回が最後の機会だから」「〇〇さんも手術して元気になったから」というようなものです。

でも、それは本当の意味で患者さんのことを考えた治療ではありません。心臓外科手術は高額な医療費がかかるうえ、患者さんの体にメスを入れ命の危険にさらす恐れのある医療行為であり、それ以外の治療法がない場合に選択すべき手段です。私が何より怖いと思うのは、その心臓外科医の下にいる若い医師たちが同じような医療行為を繰り返すようになることです。本人の人間性もありますが、若い人が先輩や上司の姿勢から職業倫理を学ぶのはビジネスの世界も医療界も同じです。

■「手術の無駄をなくす」ことは患者のメリット

以前、将棋の羽生善治名人(王位、王座、棋聖)と対談したことがあります。羽生名人は『捨てる力』(PHP文庫)という本の中で、次のように書いています。

<洗練されるとはどういうことか。それは、無駄をなくすこと。完全に無駄がなくならないと絶対に美しくはなりません。

美しい手を指す。美しさを目指すことが、結果として正しい手を指すことにつながると思う>

心臓外科医の世界もその本質は同じで、羽生名人の言葉には大いに共感しました。私の中では「美しさ」は最優先ではありませんが、自分が執刀医となって以来ずっと、「手術の無駄をなくす」ことに徹底して取り組んできたからです。事前の画像診断を丁寧にしてしっかり事前準備を行い、想定外のことが起こる危険性を減らして無駄をなくし、チーム全体が努力したことで手術時間は年々短縮されています。その結果、かつては考えられなかったような高齢者や合併疾患がある患者さんにも安全かつ迅速に手術が実施できるようになってきました。「無駄をなくす」努力によって、より多くの患者さんに貢献できるようになったのです。

羽生名人は、対局中、「次の一手」を考えるとき、自分の頭の中のファイルをめくっていくそうです。私も、手術中に想定外のできごとや難しい局面に遭遇すると、過去に手術をした患者さんの手術場面が瞬時に浮かび、進むべき方向性が導き出されます。どれだけたくさんの引き出しを持っているか、そして、膨大なファイルの中から的確な答えを瞬時に導き出せるのかが、プロフェッショナルの資質であり共通点なのかもしれません。また、羽生名人が、何かあると詰め将棋の原点に戻るというのも、私たちが医学の文献を検索して突破口を探す作業と似ていると思います。

ただ、生死を扱う医療と将棋の世界が決定的に違うのは、患者さんの生死がかかっていることです。心臓外科医にとって負けとは患者さんの死を意味しますから、絶対に許容できることではありません。患者さんの命を守る覚悟を持った若者にこそ、医師、プロフェッショナルの外科医を志してほしいと思います。


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